【人物 / おくやみ】
天保九年正月十五日
(西暦 1838-02-09)
干支: 年[戊戌] 月[甲寅] 日[戊子]
月相: 望(満月) / 節気:
月相: 望(満月) / 節気:
片岡寛光が亡くなる。歌人
歌人として知られた片岡寛光(称:周輔、又の名を権太郎、号:郁子園)が、正月十五日に死去しました。
寛光は医師である所周朔の子でしたが、その家業を嫌い、外神田の坊主・片岡仁左衛門の娘の婿とりました。
葬儀および墓所は、傾城が窪の蓮久寺(現在の東京都新宿区若葉周辺)にて執り行われます。
寛光は医師である所周朔の子でしたが、その家業を嫌い、外神田の坊主・片岡仁左衛門の娘の婿とりました。
葬儀および墓所は、傾城が窪の蓮久寺(現在の東京都新宿区若葉周辺)にて執り行われます。
【 史料原文・書き下し文 】
正月十五日、歌人片岡寛光卒(称周輔、又権太郎、号郁子園。傾城が窪蓮久寺に葬す)。
筠庭云、寛光は所周朔といふ医師の子なり。其業を嫌ひて、外神田坊正片岡仁左衛門女の聟と成。(武江年表)
筠庭云、寛光は所周朔といふ医師の子なり。其業を嫌ひて、外神田坊正片岡仁左衛門女の聟と成。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
