【人物 / おくやみ】
享保十五年三月十八日
(西暦 1730-05-04)
干支: 年[庚戌] 月[庚辰] 日[丙子]
月相: / 節気:
月相: / 節気:
深見十左衛門が九十歳で逝去。歌舞伎助六の「髭の意休」のモデルの侠客
三月十八日、寛文期の江戸で六法組・男伊達の首領として名を馳せた深見十左衛門(出家して自休、90歳)が逝去しました。
天和頃のかぶき者弾圧により二十数年の流罪を経験した人物で、その特異な風貌(髭十)は歌舞伎『助六所縁江戸桜』に登場する「髭の意休」のモデルになったと伝えられます。
墓所は本郷片町の龍光寺(現在の東京都文京区本郷五丁目周辺)に置かれました。
天和頃のかぶき者弾圧により二十数年の流罪を経験した人物で、その特異な風貌(髭十)は歌舞伎『助六所縁江戸桜』に登場する「髭の意休」のモデルになったと伝えられます。
墓所は本郷片町の龍光寺(現在の東京都文京区本郷五丁目周辺)に置かれました。
【 史料原文・書き下し文 】
○三月十八日、深見十左衛門事自休終(九十歳。本郷片町龍光寺に葬す)。
金吾云、寛文頃の江戸の六法男伊達の頭にして、天和頃かぶき者の弾圧により二十数年流謫さる。髭十と呼ばれたる風貌より、歌舞妓「助六所縁江戸桜」に登場せる髭の意休は、彼を真似たるものと伝ふ。(武江年表)
金吾云、寛文頃の江戸の六法男伊達の頭にして、天和頃かぶき者の弾圧により二十数年流謫さる。髭十と呼ばれたる風貌より、歌舞妓「助六所縁江戸桜」に登場せる髭の意休は、彼を真似たるものと伝ふ。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
