【人物 / おくやみ】
寛政十年十二月十二日
(西暦 1799-01-17)
干支: 年[戊午] 月[乙丑] 日[辛丑]
月相: / 節気: 土用
月相: / 節気: 土用
朱楽菅江が六十一歳で死去。天明狂歌の巨頭
十二月十二日、四方赤良(大田南畝)らとともに天明期の狂歌ブームを牽引した代表的狂歌師の朱楽菅江(本名は山崎郷斎、牛込二十騎町=現在の新宿区二十騎町周辺に居住)が61歳で亡くなりました。墓所は青山の青源寺(現在の東京都港区南青山周辺)に置かれました。辞世の句は「執着の心や娑婆に残るらん 吉野の桜 更科の月(娑婆への執着の心が残るのであろうか、美しく愛でた吉野の桜や更科の月の思い出とともに)」と残されています。
【 史料原文・書き下し文 】
○十二月十二日、狂歌師朱楽菅江卒(六十一歳。称山崎郷斎。牛込二十騎町に住。青山青源寺に葬す。辞世 執着の心や娑婆に残るらん吉野の桜更科の月)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
