伊東玄朴が七十二歳で死去。近代西洋医学・種痘の普及に貢献
正月二日、有名な蘭方医の伊東玄朴(72歳。本姓は執行、名は淵、字は伯寿、号は冲斎)が亡くなりました。シーボルトに蘭方医学を学んで佐賀藩主・鍋島侯の侍医となり、嘉永二年には種痘の接種に成功しました。その後、西洋内科医として初めて幕府の奥医師に登用されて法印に叙され、安政五年(1858年)のお玉ヶ池種痘所の設立にも深く関与して文久元年に西洋医学所と改称された際には取締に就任しました。墓所は谷中三崎天龍院(東京都台東区谷中周辺)に置かれました。
【 史料原文・書き下し文 】
〔金補〕正月二日、蘭方医伊東玄朴卒(七十二歳。本姓執行、名淵、字伯寿、号冲斎。シーボルトに蘭医方を学び、佐賀藩主鍋島侯の侍医となり、嘉永二年種痘に成功す。後、西洋内科医として初めて幕府奥医師となり、法印に叙さる。安政五年、お玉ヶ池種痘所設立に関与、文久元年西洋医学所と改称さるるや取締となる。谷中三崎天龍院に葬す)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
