【人物 / おくやみ】 安永七年二月二十五日 (西暦 1778-03-23)
干支: 年[戊戌] 月[乙卯] 日[丙午]
月相: / 節気:

赤穂浪士・堀部安兵衛の後家と伝わる妙海尼が九十歳で亡くなる

赤穂浪士(浅野家義士)である堀部安兵衛の後家(16歳の時に縁組は整うも、嫁ぐ前に夫が切腹)が出家して妙海尼と号し、亀戸村の庵室を経て老後は泉岳寺の門前に住み義士の菩提を弔っていましたが、二月二十五日に90歳で死去しました(なお、この妙海尼については諸説あり、偽者説が有力視されています)。
【 史料原文・書き下し文 】
○浅野家の義士堀部安兵衛が後家(縁組とゝのひし計にて、嫁せざる内、夫切腹す。十六歳の時なり)、薙髪して妙海と号し、亀戸村の庵室に居たりしが、老後、泉岳寺の門前に住して義士の菩提を吊ひ居たりしが、今年二月二十五日、九十歳にして終れり。
金吾云、妙海尼につきては、各種説が取沙汰さるるも、いまにては偽者説が有力なり。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表