成田山不動尊が深川永代寺で開帳 出開帳に大群集、活人形や大女三姉妹の見せ物も
三月二十日より60日間の日程で、下総国成田山不動尊(現在の千葉県成田市)の出開帳が深川永代寺(現在の東京都江東区富岡)にて始まりました。江戸に到着した際のお出迎えの群衆は千住(現在の足立区・荒川区)から深川まで通りを埋め尽くし、針一本立てる隙間もないほどでした。開帳期間中も日参・朝参の参詣客が山をなし、境内は寸地の余地もなく見せ物小屋や茶店、露店の仮屋が軒を連ね、奉納された米穀や幟、提灯、扁額などが溢れかえりました。
見せ物としては、江戸の細工人が制作した精巧な活人形、里見八犬士の土偶人、曲馬、軽業のほか、「大女三人姉妹」が出演して話題を呼びました。この姉妹は下総国葛飾郡庄内領木の崎村(現在の千葉県野田市木の崎周辺)の農民・彦七の娘たちで、なつ(16歳)、なか(12歳)、とめ(8歳)です。極端に背が高いわけではないものの、非常に丸々と肥満していることで評判となり、その他にも多種多様な見せ物が出店しました。
見せ物としては、江戸の細工人が制作した精巧な活人形、里見八犬士の土偶人、曲馬、軽業のほか、「大女三人姉妹」が出演して話題を呼びました。この姉妹は下総国葛飾郡庄内領木の崎村(現在の千葉県野田市木の崎周辺)の農民・彦七の娘たちで、なつ(16歳)、なか(12歳)、とめ(8歳)です。極端に背が高いわけではないものの、非常に丸々と肥満していることで評判となり、その他にも多種多様な見せ物が出店しました。
【 史料原文・書き下し文 】
○同二十日より六十日の間、下総国成田山不動尊、深川永代寺に於て開帳(江戸着の時、送迎の人数、千住より深川迄街巷に塞り、錐を立べき所なし。開帳中、日参・朝参等夥しく、諸人山をなせり。永代寺境内は、寸地を洩さず看せ物・茶店・諸商人の仮屋をつらねたり。又奉納の米穀・幟・挑灯・扁額等、境内に充満せり。
○看せ物は、江戸細工人の造りし活人形・里見八犬士の土偶人・曲馬・軽業、大女の三人兄弟といふもの出たり。この姉妹は、下総国葛飾郡庄内領木の崎村百姓彦七娘にて、なつ十六歳・なか十二歳・とめ八歳也。いづれも格別大なるにはあらねど、肥満せる事甚し。其余、色々の見せもの出たり。)(武江年表)
○看せ物は、江戸細工人の造りし活人形・里見八犬士の土偶人・曲馬・軽業、大女の三人兄弟といふもの出たり。この姉妹は、下総国葛飾郡庄内領木の崎村百姓彦七娘にて、なつ十六歳・なか十二歳・とめ八歳也。いづれも格別大なるにはあらねど、肥満せる事甚し。其余、色々の見せもの出たり。)(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
