【政治・社会 / 改元・年号】
延宝元年九月二十一日
(西暦 1673-10-30)
干支: 年[癸丑] 月[壬戌] 日[丁丑]
月相: / 節気:
月相: / 節気:
寛文から延宝へ改元、京都大火と幕府の選定
この日、寛文から延宝に改元されました。
京都大火と内裏焼失などの災異が理由とされます。公家たちが多数の候補を提出し、最終候補の一つとなった延宝を林鵞峰が高く評価したことから、幕府側の意見として採用されたといわれています。出典は『隋書』音楽志の「延寳祚、渺無疆」で、天子の位や国家の繁栄が果てしなく長く続くことを願う元号です。
京都大火と内裏焼失などの災異が理由とされます。公家たちが多数の候補を提出し、最終候補の一つとなった延宝を林鵞峰が高く評価したことから、幕府側の意見として採用されたといわれています。出典は『隋書』音楽志の「延寳祚、渺無疆」で、天子の位や国家の繁栄が果てしなく長く続くことを願う元号です。
出典・参考文献:
