四谷大番町から南風にあおられ大火となり早稲田や音羽まで大延焼
二月五日の夜亥の刻(22時頃)、四谷大番町の書院番・本多氏の屋敷(現在の東京都新宿区四谷周辺)より出火しました。
非常に強い南風にあおられて大火となり、近辺の建物が残らず焼き尽くされたほか、塩町、伝馬町三丁目、市谷谷町、市谷本村、袋寺町、牛込原町、二十人町、高田馬場下、早稲田町、牛込七軒寺町、天神町、関口新町、目白台、音羽町、青柳町(いずれも現在の新宿区および文京区の広範囲)にいたるまで激しく延焼し、翌日の六日明六ッ半刻(6時半頃)になってようやく鎮火しました。
非常に強い南風にあおられて大火となり、近辺の建物が残らず焼き尽くされたほか、塩町、伝馬町三丁目、市谷谷町、市谷本村、袋寺町、牛込原町、二十人町、高田馬場下、早稲田町、牛込七軒寺町、天神町、関口新町、目白台、音羽町、青柳町(いずれも現在の新宿区および文京区の広範囲)にいたるまで激しく延焼し、翌日の六日明六ッ半刻(6時半頃)になってようやく鎮火しました。
【 史料原文・書き下し文 】
〔金補〕二月五日夜亥の刻、四谷大番町御書院番本多氏より出火、南風強く大火となり、近辺残らず、塩町・伝馬町三丁目・市谷谷町・市谷本村・袋寺町・牛込原町・二十人町・高田馬場下・早稲田町・牛込七軒寺町・天神町・関口新町・目白台・音羽町・青柳町まで延焼、翌六日明六ッ半刻に鎮火。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
