【事件・災害 / 火災・火事】 文久二年二月七日 (西暦 1862-03-07)
干支: 年[壬戌] 月[癸卯] 日[庚申]
月相: / 節気:

芝増上寺門前から出火し浜松町や金杉通りの広範囲を類焼

二月七日の夜、子の刻過(24時頃)、芝増上寺門前の土手跡町にあった材木屋と炭薪屋の間(現在の東京都港区芝公園周辺)より出火しました。
火の手は浜松町四丁目西側、中門前三丁目、芝金杉通りの一丁目・二丁目・三丁目、同裏の一丁目・二丁目・三丁目・四丁目、同片町、同浜町、同同朋町、経覚寺門前、西応寺町へ焼き込み、戸田侯の下屋敷や酒井侯の陣屋敷、船置場などが類焼しました。
被害の規模は長さが約4町半、幅平均が約1町半に及び、寺院は11カ寺が焼失しましたが、正伝寺は奇跡的に残りました。
【 史料原文・書き下し文 】
○同七日夜、子刻過、芝増上寺門前の土手跡町材木屋・炭薪屋の間より出火して、浜松町四丁目西側・中門前三丁目・芝金杉通壱丁目・二丁目・三丁目・同裏壱丁目・二丁目・三丁目・四丁目・同片町・同浜町・同同朋町・経覚寺門前・西応寺町焼込、戸田侯下屋敷・酒井侯陣屋敷・船置場等類焼。長四町半・幅平均して一丁半程なり。寺院は十一ヶ寺焼る。正伝寺残る。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表