千駄ヶ谷から出火し品川や高輪に及ぶ大火。高輪如来寺の石仏も焼失
二月十二日の朝五時過(8時頃)、千駄ヶ谷(現在の東京都渋谷区千駄ヶ谷周辺)より出火しました。
火は青山をすっかり焼き尽くしたほか、桜田、麻布、三軒家、本村、氷川社、善福寺門前、広尾、白金村、三田、伊皿子、白金瑞聖寺、猿町、車町、高輪、南北品川(現在の港区・品川区の広範囲)にいたるまで武家地・町屋を問わず甚大に焼き払い、翌十三日にようやく鎮火しました。
この大火により、高輪如来寺にあった但唱作の丈六の仁王尊石像や地蔵尊石像も焼けて跡形もなくなりました(なお、白金の細川侯屋敷周辺や伊皿子周辺は130年ぶりの類焼となりました)。
火は青山をすっかり焼き尽くしたほか、桜田、麻布、三軒家、本村、氷川社、善福寺門前、広尾、白金村、三田、伊皿子、白金瑞聖寺、猿町、車町、高輪、南北品川(現在の港区・品川区の広範囲)にいたるまで武家地・町屋を問わず甚大に焼き払い、翌十三日にようやく鎮火しました。
この大火により、高輪如来寺にあった但唱作の丈六の仁王尊石像や地蔵尊石像も焼けて跡形もなくなりました(なお、白金の細川侯屋敷周辺や伊皿子周辺は130年ぶりの類焼となりました)。
【 史料原文・書き下し文 】
○二月十二日朝五時過、千駄か谷より出火、青山残のこらず、桜田・麻布・三軒家・本村・氷川社・善福寺門前・広尾・白金村・三田・伊皿子・白金瑞聖寺・猿町・車町・高輪・南北品川迄焼亡(武家・町屋夥しく焼亡す)。翌十三日、鎮る。高輪如来寺に在ける但唱が作丈六の仁王尊の石像、幷地蔵尊の石像も焼けて跡方なし(白金細川侯御やしきの辺、伊皿子の辺は、百三十年目にての類焼と云ふ)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
