【行事 / 宗教】 文化四年二月二十二日 (西暦 1807-03-30)
干支: 年[丁卯] 月[癸卯] 日[甲午]
月相: / 節気:

幸手不動院不動尊、回向院での御開帳のため江戸に到着

二月二十二日、二十八日からの回向院(現在の東京都墨田区両国周辺)出の御開帳に先立ち、幸手不動院(現在の埼玉県春日部市)の不動尊が江戸に到着しました。
講中を名乗る人々が幟、鈴、錫杖、法螺貝などを携えて先頭を駆け巡る者がおよそ千人を数え、その後に兜巾と篠掛を身にまとった数十人の山伏が2列に整列して続き、さらに巨大な斧を担いだ山伏約20人が法螺貝を吹き鳴らしました。
その後ろには山伏8、9人が厨子や神宝を担ぎ、住職が輿に乗って続き、伊達道具や打物を持った大勢の供奉者が練り歩きました中には異形の出立ちをする者も含まれており、近来に類を見ないほど壮大で目覚ましい江戸入りとなりました。
【 史料原文・書き下し文 】
○二月二十八日より回向院にて、幸手不動院不動尊開帳(二十二日江戸到着の日。講中と号するもの、幟・鈴・錫杖・法螺の類を持、前駆する事凡千人計。次に山伏数十人、兜巾・篠掛にて二行に列す。次に大なる斧を担ぎたる山伏二十人計り、法螺を吹く。次に山伏八、九人、厨子・神宝を荷せ、其跡に住職輿に乗じ、伊達道具・打物を持せ、供奉の山伏大勢。中には異形の出立するもあり。近来、是程なる江戸入の開帳なし。去年の琉球人の行列よりは、殊にめざましと云あへり。又開帳始りて、大護摩と号し、矢来の内に火を起し、山伏大勢、烈火の上を素足にて渡り行。前代未聞の事とて見物群集し、境内混雑して怪我人もあり。程なく此事を止られたりとぞ)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表