【事件・災害 / 自然災害】 宝永四年十一月二十日 ~ 宝永四年十一月二十八日 (西暦 1707-12-13 〜 1707-12-21)
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富士山宝永の大噴火が発生、大地震・鳴動とともに江戸市中に大量の火山灰が降下

十一月二十日より富士山の須走口(現在の静岡県駿東郡小山町須走周辺)にて大噴火が発生しました。天が暗転して激しい雷鳴・大地震が相次ぎ、関東一円に雪のごとく白い灰が降り積もって地上を埋め尽くしました。西南の方角で頻繁に稲妻が走り、昼間であっても暗夜のようになり、人々は行灯や提灯を点灯して過ごしました。二十三日には噴火が極めて激しくなり、二十四日になってようやく天が晴れ渡り太陽を仰ぐことができました。しかし二十五日・二十六日には再び空が曇り、砂利や黒灰が降り注いで雷鳴のような爆音と地震が続きました。二十八日になってようやく平常の状態に戻りました(このとき形成された山を宝永山と呼びます。また市中では激しい灰の降下により咳嗽・咳疾患に苦しむ者が続出しました)。
この時の様子は、新井白石の著書『折焼柴』にも詳細が記されています。なお昔日の富士山噴火の例としては、延暦十九年三月二十四日から四月十八日までの噴火(今年と同様の大噴火)、および貞観元年五月に十余日間にわたり噴火した記録などが伝わっています。
【 史料原文・書き下し文 】
○十一月二十日より、富士山の根かた須走口焼やける。天暗く雷声・地震夥しく、関東白灰降りて、雪の如く地を埋む。西南頻りにいなびかりあり。白昼暗夜のごとくに成、行燈、挑灯をともす。二十三日殊に甚しく、二十四日に至り天晴はれ、皎日を拝して諸人安堵す。又二十五日・二十六日、再び天曇り、砂降り、雷声の如き響き、地震あり。是より黒灰降。二十八日平常の如し。此時出来たる山を宝永山といふ。世人、此頃咳嗽を憂ふ(此事『折焼柴』に見えたり。往昔、富士山焼る例は、延暦十九年三月二十四日より四月十八日迄、今年の如く焼、貞観元年五月、十余日焼ると云々)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表