【事件・災害 / 自然災害】 元禄十六年十一月二十九日 ~ 元禄十六年十二月朔日 (西暦 1704-01-06 〜 1704-01-07)
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元禄大地震直後に本郷追分・小石川より出火、江戸の半分と両国橋を焼き三千人以上が犠牲

まだ先日の大地震による余震も収まらない十一月二十九日の夜、強い大風が吹き荒れるなか本郷追分(現在の東京都文京区向丘周辺)より出火して谷中(現在の台東区谷中周辺)へ延焼しました。さらに小石川(現在の文京区小石川周辺)からも出火し、強烈な北風にあおられて上野、湯島天神、聖堂、筋違橋、向柳原、浅草茅町(いずれも現在の台東区・千代田区周辺)へ拡大し、南は神田から伝馬町、小舟町、堀留、小網町(いずれも現在の中央区日本橋周辺)へ到達したほか、隅田川を越えて本所、回向院周辺、深川永代橋(いずれも現在の墨田区・江東区周辺)まで飛火延焼しました。両国橋(現在の台東区・墨田区境周辺)の西側半分が焼き落ち、翌朝5時頃に鎮火したこの火災は「地震火事」と呼ばれ、3,000人余りの死者を出す惨事となりました。
この大火により俳人・北枝の自宅も全焼しました。同門の俳人・支考は
焼にけりされとも桜さかぬうち(家は焼けてしまったが、幸いにもまだ桜が咲く前の時期であったことよ)
と詠み、牧童は
梅か香やまつ一番に焼見舞(梅の香りが漂う早春に、真っ先にお見舞いに参上いたしました)
と詠んで、家を失った北枝へ見舞いの句を贈りました。"
【 史料原文・書き下し文 】
○十一月二十九日夜、大風。本郷追分より出火して谷中まで焼。又、小石川より出火して北風に成、上野・湯しま天神・聖堂・筋違橋・向柳原・浅草茅町、南は神田より伝馬町・小舟町・堀留・小網町・本所へ飛、回向院の辺、深川永代橋まで、両国橋(西の方、半分)焼落、明る五時鎮る。是を世に地震火事といふ。
金吾云、この火事で死する者、三千余人に及ぶといふ。
○此火事に俳人北枝が家、焼たり。〽焼にけりされとも桜さかぬうち 支考。〽梅か香やまつ一番に焼見舞 牧童。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表