両国橋詰で早竹虎吉による驚異の独楽・軽わざ興行
正月晦日より両国橋の詰(現在の東京都墨田区・中央区の両国橋周辺)において、大坂から下ってきた早竹虎吉による独楽(こま)の手妻、軽わざ、綱渡り、その他さまざまな技芸を一人でこなす興行が開催されました。連日見物客が群集し、大変な賑わいを見せました。
これに続いて三月頃からは「桜鯛駒寿」と名乗る者も、弟子の幸吉、福松、助三郎といった少年たちとともに大坂から下り、早竹に匹敵する技芸をもって浅草寺の奥山に観場(見世物小屋)を開きました。こちらも多くの見物客で賑わいましたが、五月の末に至って興行は終了しました。
これに続いて三月頃からは「桜鯛駒寿」と名乗る者も、弟子の幸吉、福松、助三郎といった少年たちとともに大坂から下り、早竹に匹敵する技芸をもって浅草寺の奥山に観場(見世物小屋)を開きました。こちらも多くの見物客で賑わいましたが、五月の末に至って興行は終了しました。
【 史料原文・書き下し文 】
○正月晦日より両国橋詰に於て、大坂下り早竹虎吉、独楽にてづま・軽ワザ・綱亘り、その余、色々の技芸を交へ、一人して行ふ。見物群集夥し。これに続て三月頃より桜鯛駒寿といへるもの、其弟子幸吉・福松・助三郎などいへる少年とゝもに大坂より下り、早竹にひとしき業をもて浅草寺奥山に看場を開き、見物群集しけるが、五月の末にいたりて歇む。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
