【事件・災害 / 火災・火事】
寛文八年二月朔日
(西暦 1668-03-13)
干支: 年[戊申] 月[乙卯] 日[庚申]
月相: 朔(新月) / 節気:
月相: 朔(新月) / 節気:
牛込および市谷、お茶の水から同日出火し江戸市中を焼き尽くす大火
二月朔日の未上刻(14時頃)、牛込の酒井家御下屋敷(現在の東京都新宿区市谷本村町・牛込周辺)より出火し、御簞笥町、御徒士町、市谷田町(いずれも現在の新宿区市谷周辺)にいたるまで延焼しました。
さらに同日、市谷天龍寺の寺内からも出火し、御納戸同心屋敷、御鷹匠同心屋敷、上浄瑠璃坂、武家方の六番町へ飛火したほか、五番町、二番町、糀町一丁目から六丁目(いずれも現在の千代田区番町・麹町周辺)、桜田周辺の諸侯の御屋敷、愛宕山ならびに近辺の武家方、新橋の海辺にいたるまで猛烈に広がりました。
またお茶の水の上からも出火し、駿河台周辺、神田橋、鎌倉河岸、日本橋(いずれも現在の千代田区・中央区周辺)にいたるまで焼亡し、これら三方向からの火事が一つに合流して、武家地・町屋ともに夥しく焼失する未曾有の大惨事となりました。
さらに同夜の五時(20時頃)には四谷竹町(現在の新宿区四谷周辺)からも出火し、大名屋敷が類焼しました。
この大火で被災した人々のうち御切米および御役料を支給されている者にはその3分の1、当春の御借米が給付されました。
また被災した400石以下の者には拝借金が仰せ出され、御歩行組頭以下の者については返済に及ばないこととされました。
さらに同日、市谷天龍寺の寺内からも出火し、御納戸同心屋敷、御鷹匠同心屋敷、上浄瑠璃坂、武家方の六番町へ飛火したほか、五番町、二番町、糀町一丁目から六丁目(いずれも現在の千代田区番町・麹町周辺)、桜田周辺の諸侯の御屋敷、愛宕山ならびに近辺の武家方、新橋の海辺にいたるまで猛烈に広がりました。
またお茶の水の上からも出火し、駿河台周辺、神田橋、鎌倉河岸、日本橋(いずれも現在の千代田区・中央区周辺)にいたるまで焼亡し、これら三方向からの火事が一つに合流して、武家地・町屋ともに夥しく焼失する未曾有の大惨事となりました。
さらに同夜の五時(20時頃)には四谷竹町(現在の新宿区四谷周辺)からも出火し、大名屋敷が類焼しました。
この大火で被災した人々のうち御切米および御役料を支給されている者にはその3分の1、当春の御借米が給付されました。
また被災した400石以下の者には拝借金が仰せ出され、御歩行組頭以下の者については返済に及ばないこととされました。
【 史料原文・書き下し文 】
○二月朔日未上刻、牛込酒井家御下屋敷より出火、御簞笥町・御徒士町・市谷田町に至る。同日又、市谷天龍寺寺内より出火、御納戸同心屋敷・御鷹匠同心屋敷・上浄瑠璃坂・武家方六番町へ飛火して、五番町・二番町・糀町一丁目より六丁目まで、桜田辺諸侯御屋敷、愛宕山ならびに近辺武家方、新橋まで海辺に至る。又、御茶の水上より出火、駿河台辺・神田橋・鎌倉河岸・日本橋まで焼亡、三方の火事、一所になり、武家・町屋夥く焼失せり。又同夜五時、四ッ谷竹町より出火、御大名屋敷類火。
筠庭云、類焼の輩に御切米・御役料共に三分一、当春御借米出る。類焼の四百石以下の者に拝借金仰出さる。御歩行組頭已下は返上に及ばざる旨なり。(武江年表)
筠庭云、類焼の輩に御切米・御役料共に三分一、当春御借米出る。類焼の四百石以下の者に拝借金仰出さる。御歩行組頭已下は返上に及ばざる旨なり。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
