【人物 / おくやみ】 文化十年十月二十八日 (西暦 1813-11-20)
干支: 年[癸酉] 月[癸亥] 日[辛酉]
月相: / 節気:

五松鶴林翁が七十一歳で死去。米沢出身の書家

五松鶴林翁(法橋)が71歳で亡くなりました。出羽国米沢の出身で、寛政年間に江戸へ下り、その後京都に登って坊城菅亜相より菅家の筆法を授かり、菅原の姓と五松の氏を賜りました。再び江戸へ戻った後は「お玉が池」(現在の東京都千代田区神田岩本町周辺)に住んで書道を教授しました。文化7年には『菅家書則演義』一巻を刊行しています。東本願寺中の徳本寺(台東区西浅草)に葬られました。
【 史料原文・書き下し文 】
○十月二十八日、法橋五松鶴林翁卒(翁は出羽国米沢の人。寛政中、江戸に来り、夫より京師に登りて、坊城菅亜相君に菅家の筆法を授り、菅原の姓を給はり、五松を氏とす。再江戸に下り、お玉か池に住し、筆道を教授す。今年七十一歳にして卒す。東本願寺中徳本寺に葬す。文化七年『菅家書則演義』一巻を著して梓に行ふ)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表