【行事 / 宗教】 安政二年二月十八日から (西暦 1855-04-04頃)
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浅草寺で観世音開帳。松本喜三郎の活人形など見世物で賑わう

二月十八日から80日間にわたり、浅草寺(現在の東京都台東区浅草周辺)において観世音の御開帳が開催され、連日貴賤男女の参詣客が群集しました。
同寺の奥山には、肥後国熊本の松本喜三郎が制作した「生人形(いきにんぎょう)」の見世物が登場しました。
これは木彫でも塑像でもなく紙糊で造られたもので、手長島、足長島、穿胸国、無腹国などの異国人物や丸山遊女の人形が本物の人間と見紛うばかりの出来栄えであり、さらに竹田亀吉作の大象の造り物とともに大人気を博しました。
また同所では、前年に大坂で自尽した人気俳優・八代目市川団十郎の肖像や狂言の姿、楽屋、極楽往生のさまを象った見世物(細工人:竹田縫之助清一)や、軽わざ・綱渡りの名人・増鏡勝代による興行も行われ、空前の見物客で溢れかえりました。
【 史料原文・書き下し文 】
○二月十八日より八十日の間、浅草寺観世音開帳。貴賤男女、日々参詣、群集せり。同寺奥山に、大坂下り活偶人といふ見せもの出る。肥後国熊本なる松本喜三郎といふ者、造る所なり。木偶にあらず、泥塑にあらず、紙糊のものと云ふ。手長島・足長島・穿胸国・無腹国、其外異国人物・丸山遊女の偶人等多く、男女とも活る人に向ふが如し。又竹田亀吉作、大象の作り物あり。見物群をなす。又同所にて、去年浪花に趣きて横死せし俳優市川団十郎(八代目)が肖像、狂言に出立たる形・楽屋のさま・極楽へ至り成仏のさまなど作りて看物とす。普通の細工なれど、贔屓多かりし俳優の自尽をいたみし折から故、おのづからにして見物群集せり。細工人竹田縫之助清一なり。又軽わざ綱渡の上手、増鏡勝代といふも同所へ出て、見物多し。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表