【人物 / おくやみ】
安政六年三月二十三日
(西暦 1859-04-25)
干支: 年[己未] 月[戊辰] 日[癸巳]
月相: 下弦 / 節気:
月相: 下弦 / 節気:
市川團十郎(七代目)、六十九歳で亡くなる。歌舞伎十八番を制定した名優
二十三日、歌舞伎俳優の七代目市川團十郎が69歳で死去しました。
團十郎は寛政十二年に七代目を襲名し、天保三年に名跡を長男に譲って五代目市川海老蔵となりました。天保十一年には現在に伝わる『勧進帳』を初演し、いわゆる「歌舞伎十八番」を制定しました。その後、天保十三年に奢侈(ぜいたく)のかどにより江戸追放の処分を受けましたが、嘉永二年に赦免されて江戸に戻っていました。
※市村屋注:原文には七代目市川海老蔵とありますが、正しくは五代目です。
團十郎は寛政十二年に七代目を襲名し、天保三年に名跡を長男に譲って五代目市川海老蔵となりました。天保十一年には現在に伝わる『勧進帳』を初演し、いわゆる「歌舞伎十八番」を制定しました。その後、天保十三年に奢侈(ぜいたく)のかどにより江戸追放の処分を受けましたが、嘉永二年に赦免されて江戸に戻っていました。
※市村屋注:原文には七代目市川海老蔵とありますが、正しくは五代目です。
【 史料原文・書き下し文 】
〔金補〕同二十三日、俳優七代目市川団十郎卒(六十九歳。寛政十二年に七代目を襲名、天保三年に名跡を長男に譲り、七代目市川海老蔵となり、同十一年、いまに伝はる勧進帳を初演、いはゆる歌舞妓十八番を制定す。同十三年、奢侈のかどにより江戸追放となるも、嘉永二年、赦されて江戸に戻る)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
