【政治・社会 / 改元・年号】 宝暦元年十月二十七日 (西暦 1751-12-14)
干支: 年[辛未] 月[己亥] 日[庚戌]
月相: / 節気:

寛延から宝暦へ改元、上皇と将軍の死去や地震が背景に

この日、寛延から宝暦に改元されました。
桜町上皇と徳川吉宗の死去、さらに地震などが背景にありました。公式には上皇と大御所の逝去が理由とされましたが、凶作や地震などの災異も影響したと見られます。出典は『貞観政要』の「及恭承宝暦、寅奉帝図、垂拱無為、氛埃靖息」。天命を慎んで受け継ぎ、天下が安らかに治まることを願う内容です。
出典・参考文献: