【行事 / 宗教】 寛延四年三月十八日から (西暦 1751-04-13頃)
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浅草寺観世音の御開帳が催され吉原の遊女花紫が十二提灯を奉納し話題となる

三月十八日より、浅草寺(現在の東京都台東区浅草二丁目周辺)において観世音菩薩の三十三年ぶりの御開帳が催され、境内の神仏が一斉に開帳されました。
この際、吉原玉屋の遊女・花紫が鶴の丸の紋を付けた十二提灯を初めて奉納し、「十二提灯の花紫」として小唄に歌われるほど評判を呼びました。
※喜多村筠庭注:花紫が十二提灯を奉納した件について、『後は昔物語』という書物に「仕掛け花火の『十二提灯』というものの起源・出所もこれである」と書かれているが、それは間違いである。万治二年(1659年)の花火の記録・注文書を見ても、大小の提灯が多く登場しているからである。また『紫の一本』という書物の中でも、提灯付きの傘や、からくり花火の項目についてすでに言及されている。さらに古い例を挙げれば、『北条五代記』にも三好孫太郎の指物(武士が背負う旗印)として「提灯を七つ差した」といった記述なども見られる。
なお『武江年表』の本文が『後は昔物語』という具体的な書名をあえて引かずに、その説だけをここに注釈のように入れているのは、あまり感心しない。
※市村屋注:期日については明記されていませんが、ここでは仮に60日間としています。
【 史料原文・書き下し文 】
○三月十八日より浅草寺観世音開帳(享保四年より三十三年目にて、寺内神仏のこらず開帳あり。吉原玉屋内花紫といふ遊女、十二挑灯へ鶴の丸の紋を付て、始て奉納す。これより十二てうちんの花紫とて、その名高く、小唄にもつくりて、うたひはやらしける)。
筠庭云、花紫が十二挑灯奉納の事は、『後は昔物語』に、花火の十二てうちんも、出処は是なりといへど非なり。万治二年花火御注文、大小てうちん多く見へたり。又『紫の一本』にも、てうちん立傘と、からくり花火の処にいへり。猶ふるくは『北条五代記』、三好孫太郎が指物、挑灯七つさしたりなども見へたり。○例の、『後は昔物語』の書名を引かず、説ばかりをこゝに註せるはよろしからず。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表