【事件・災害 / 火災・火事】 慶応三年三月二十三日 (西暦 1867-04-27)
干支: 年[丁卯] 月[甲辰] 日[丁丑]
月相: 下弦 / 節気:

浅草茅町より出火し御用屋敷や武家屋敷など多数が焼失 翌朝に鎮火

三月二十三日暁、丑刻(2時頃)、浅草茅町二丁目(現在の東京都台東区浅草橋周辺)より失火しました。火は同三丁目、福井町一丁目・二丁目、上平右衛門町(焼け込み)、猿屋町、天王町、同代地、瓦町、御改正会所、芝御掃除屋敷代地、御蔵付床見せ、書替所御用屋敷、松平伊賀守殿中屋敷、本多侯中屋敷、池田侯屋敷(焼け込み)、大円寺、牛頭天王社十王堂、花徳院閻魔堂、天王橋などを焼き尽くしました(なお、閻魔堂は再建されたばかりのところを焼失しました)。被害範囲は長さ4町余(約436m)、幅平均50間程(約91m)に及び、夜が明けて鎮火しました。なお、御蔵前の第六天社は無事でした。
【 史料原文・書き下し文 】
○同二十三日暁、丑刻、浅草茅町二丁目より失火して、同三丁目・福井町一丁目・二町目・上平右衛門町(焼込)・猿屋町・天王町・同代地・瓦町・御改正会所・芝御掃除屋敷代地・御蔵付床見せ・書替所御用屋敷・松平伊賀守殿中屋敷・本多侯中やしき・池田侯(やけ込)・同大円寺・牛頭天王社十王堂・花徳院閻魔堂・天王橋等焼る(ゑんま堂は、普請なりて間もなく焼たり)。長四町余・幅平均して五十間程なり。夜明て鎮る。御蔵前第六天社は恙なし。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表