【事件・災害 / 火災・火事】
文化三年十一月十三日
(西暦 1806-12-22)
干支: 年[丙寅] 月[庚子] 日[丙辰]
月相: / 節気: 冬至
月相: / 節気: 冬至
葺屋町河岸より出火し市村座・中村座の二座芝居や堺町・蠣殻町が一円全焼
十一月十三日の夜五時(午後8時頃)、葺屋町河岸(現在の東京都中央区日本橋人形町周辺)にあったかつら師・友九郎の家より火災が発生しました。折しも劇場が芝居打出しの太鼓を打ち鳴らす時刻と重なって火の手が上がったため、避難する群衆の混雑は筆舌に尽くしがたいものでした(当日は琉球使節の江戸到着日にあたっていました)。火は堺町、よし町、大坂町、甚左衛門町、難波町、蠣殻町(いずれも中央区日本橋人形町・日本橋富沢町・日本橋蠣殻町周辺)へと延焼し、市村座・中村座の両座芝居を含む一帯が全焼しました。
火元であるかつら屋友九郎は自身の土蔵の戸前を板で打ち固めたものの家屋が焼け落ちて共に打ち毀されてしまい、その後高砂町(中央区日本橋蛎殻町周辺)へ引っ越しました。この友九郎は金主(出資者)でもあり、かつて葺屋町河岸の小芝居にて「金玉娘」という見世物を興行した人物でした。容姿端麗な娘でしたが股間から陰嚢のような突起があり前が塞がっているという奇異な特徴から大変な評判を呼び多くの見物客が押し寄せました。友九郎はこの娘を愛妾とし、その腫物を治療しようとして藪医者(庸医)の誤治療を受けさせて死なせてしまったといいます。
火元であるかつら屋友九郎は自身の土蔵の戸前を板で打ち固めたものの家屋が焼け落ちて共に打ち毀されてしまい、その後高砂町(中央区日本橋蛎殻町周辺)へ引っ越しました。この友九郎は金主(出資者)でもあり、かつて葺屋町河岸の小芝居にて「金玉娘」という見世物を興行した人物でした。容姿端麗な娘でしたが股間から陰嚢のような突起があり前が塞がっているという奇異な特徴から大変な評判を呼び多くの見物客が押し寄せました。友九郎はこの娘を愛妾とし、その腫物を治療しようとして藪医者(庸医)の誤治療を受けさせて死なせてしまったといいます。
【 史料原文・書き下し文 】
○十一月十三日夜五時、葺ふき屋や町河岸(かつら師友九郎の家)より出火して、堺町・よし町・大坂町・甚左衛門町・難波町・蠣かき殻がら町迄焼る(両座芝居焼る。此火事、芝居打出しの太鼓と共に焼出し故、其混雑、いはん方無し。琉球人到着の日なり)。筠庭云、かつら屋友九郎、此時火元なるに、土蔵戸前を打しが、家やけ落て打毀されたり。これより高砂町へ引移りぬ。又、其時をば忘れたり。此友九郎、金主にて、葺屋町河岸小芝居に、金玉娘と云ふ観せものとす。容儀よき娘なるが、前陰より陰囊の如きもの出でゝ、前は塞がれり。みめよき故に大に評判ありて、見物多かりき。友九郎、これを妾とし、彼腫物を療治するとて、庸医にあやまたれて死せりとかや。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
