【事件・災害 / 社会・奇聞】
文化十一年十一月二十八日
(西暦 1815-01-08)
干支: 年[甲戌] 月[丙子] 日[乙卯]
月相: / 節気:
月相: / 節気:
町年寄・樽屋与左衛門の謎の急死(没日に異説あり)
十一月二十八日、江戸の町年寄であった樽屋与左衛門(樽氏)が急死しました。前日に菩提所である西福寺(現在の東京都台東区蔵前周辺)へ参詣し、役僧の真我へ金15両(祠堂金とは別)を托したうえ、山ノ手に住まう僧侶へも金5両の取り次ぎを頼んだばかりの出来事でした。(一説には十二月二十九日に浅草の別荘にて自殺)
【 史料原文・書き下し文 】
〔筠補〕十一月二十八日、樽氏、菩提所西福寺へ参詣、役僧真我へ金十五両を附属す。祠堂金の心外に、山の手に居候僧にも金五両頼み遣し、その翌暁に頓滅なり。真我は知己なりしが、次年正月十四日、樽氏葬式済て翌五日に、是も頓滅したる由、奇事といふべし。妾吉田屋おこんは、此こと起りて、衣服・調度、隣家の豊前太夫が許に預け、川口おなをなどにも頼みしが、やがて残らず封印附金子も七百両計、上金となる。其外妾宅の事、くだしければ略す。
此時、因是道人
大樽酒尽小樽愁 鶯遏歌声蝶舞休
三十余年春不絶 始知人世有涼秋
〔大樽酒尽きて小樽愁ふ
鶯は歌声を遏とどめ蝶は舞ひ休やむ
三十余年春絶えざるに
始めて人世に涼秋有るを知る〕
五山堂なども詩あり。忘れしところあればしるさず。
金吾云、樽氏は、町年寄樽屋与左衛門にして、一説に十二月二十九日、浅草別荘に於て自殺すといふ。原因不明なるも、後、財産の処分行はれ、三十七万両余を没収さるとのことなり。(武江年表)
此時、因是道人
大樽酒尽小樽愁 鶯遏歌声蝶舞休
三十余年春不絶 始知人世有涼秋
〔大樽酒尽きて小樽愁ふ
鶯は歌声を遏とどめ蝶は舞ひ休やむ
三十余年春絶えざるに
始めて人世に涼秋有るを知る〕
五山堂なども詩あり。忘れしところあればしるさず。
金吾云、樽氏は、町年寄樽屋与左衛門にして、一説に十二月二十九日、浅草別荘に於て自殺すといふ。原因不明なるも、後、財産の処分行はれ、三十七万両余を没収さるとのことなり。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
