【事件・災害 / 火災・火事】 慶応元年十二月十二日 ~ 慶応元年十二月十三日 (西暦 1866-01-28 〜 1866-01-29)
📜 この頃の記事: 慶応元年 慶応元年十二月

浅草田原町より出火し浅草寺風雷神門が焼失、本所・深川まで大飛火

十二月十二日の夜四半時頃(午後10時半頃)、浅草田原町一丁目(現在の東京都台東区雷門周辺)より失火が発生しました。激しい北からの大風にあおられて西は東本願寺(門跡)裏門前の町屋や高原屋敷へ焼き込み、避難財宝が集積されていた東仲町へ燃え移って浅草寺の風雷神門(雷門)および左右両側の寺院を焼き尽くしました(※二王門より内側は無事。花川戸町角の古物六地蔵の石灯籠が焼けて一部欠損)。火は花川戸町、茶屋町、並木町、諏訪町、黒船町(いずれも現在の台東区浅草・花川戸・寿周辺)を焼き尽くし(駒形堂は無事)、さらに遠く隅田川を越えて南本所の長崎町、三笠町、長岡町、武家地組屋敷、本所十六軒屋敷裏手(いずれも現在の墨田区本所・石原・緑周辺)、さらには深川猿江周辺や大島村周辺(いずれも現在の江東区猿江・大島周辺)まで所々飛火して燃え広がりました。翌十三日の昼九時頃(正午頃)になってようやく鎮火しました。浅草周辺だけでも約8町(約870メートル)×6町(約650メートル)の範囲が全焼しました。
【 史料原文・書き下し文 】
○同十二日夜、四半時ごろ、浅草田原町壱丁目より失火。北大風。西は門跡裏門前町屋・高原屋敷少し焼込、東仲町に家々より多くの財宝を積置しに火燃うつりて、浅草寺風雷神門幷左右両側の寺院焼る。二王門より内は恙なし。花川戸町角カド、古物六地蔵の石燈籠焼て、聊欠損じたり。花川戸町・茶屋町・並木町・諏訪町・黒船町焼け、駒形堂は残る。此火、遠く南本所へ飛で、長崎町・三笠町・長岡町、幷この辺武家地組屋敷、又本所十六軒屋敷後の方焼、深川猿江の辺、大島村辺、所々飛火にて焼たり。十三日昼、九時頃、漸鎮る。浅草の辺計りは凡八町に六町程焼たり。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表