【事件・災害 / 火災・火事】 弘化三年正月十五日 (西暦 1846-02-10)
干支: 年[丙午] 月[庚寅] 日[辛未]
月相: / 節気:

小石川から出火し江戸市中を焼尽する大火災が発生

正月十五日、北風が非常に烈しく吹き荒れ、砂や小石を飛ばすほどの荒天の中、夕方8時過(20時頃)に小石川片町の北側にある武家地から失火しました。
火は丸山へ移り、本妙寺や菊坂周辺から本郷御弓町、元町周辺、さらに本郷通り、湯島町通り、春木町周辺、神田明神門前(なお神田社の楼門・境内神社、および湯島天満宮・聖堂は奇跡的に被害を免れました)、旅籠町、仲町の周辺へと拡大しました。
湯島の火は駿河台へ飛び火して小川町へ焼き込み、神田の東西の町々が一円に焼失しました。
今川橋の向こう側は、本町、石町、室町、大伝馬町、小田原町、小舟町、堀江町、小網町、茅場町、八丁堀、浜町、永代橋際にいたるまで及び、さらに霊巌島、築地、鉄炮洲、佃島(ただし本願寺までは焼けずに残りました)、南八丁堀にまで達しました。
西側は御堀端通りから神田を経て一石橋にいたるまで、日本橋の向こう側は通一丁目から畳町にいたるまで、京橋の手前に至るまで一円が類焼しました。
この火災に巻き込まれた町々は、燃え広がりの早さに違いはあれど残る場所は一切ありませんでした。
翌十六日の昼9時過(12時頃)、炭町の竹河岸においてようやく鎮火しました。
焼け野原となった長さは凡そ1里10余町(約5km)、焼失した大小名の下屋敷・上屋敷の数は数知れず、町数は290余町、焼死者や負傷者は数え切れないほどの甚大な被害となりました。
この火災では、湯島円満寺の三層の多宝塔(開山上人が建立した由緒ある塔)や、近頃再建されたばかりの荘麗な妻恋稲荷社も焼失しました。
また記録によると、親船が数艘焼け落ち、あちこちの橋が落ちて多くの死者が出たとされ、目撃されただけでも20人ほどの遺体があり、今川橋南詰だけでも12、3人が確認されました。日本橋や江戸橋も焼け落ち、日本橋側の土手蔵はこれまで一度も焼け落ちたことがなかったにもかかわらず、今回初めて焼失しました。
佃島が類焼したことに伴い、人足寄場にいた流人たちが3日間にわたって放免されたため、諸商人の店にやって来ては物をねだるような騒ぎが起きました。人々はこれを恐れて家業を休む商店が多く見られました。
世間では「そのことだんよ」という童謡が流行しました。これは前年の霜月(11月頃)、「まるぼう」という菓子を売り歩く者がおり、背中に皮子様のようなものを背負い、「丸山名物まるだんよ」と大声で叫んでいたことに由来します。しばらくしてその売り子を見かけなくなったことから、子どもたちが面白がってこの流行歌を歌い出すようになりました。
子どもたちの戯れ言として「火事はどこだ丸山だ」と囃す言葉がありますが、これは元からあった言葉ではなく、今回の本妙寺の大火の噂が人々の間で語り継がれて定着したものであるとみられます。
【 史料原文・書き下し文 】
○正月十五日(陽暦二月一〇日)、北風烈はげしく、砂石を飛す。夕八時過、小石川片町の北、武家地より失火して、丸山へ移り、本妙寺菊坂の辺より本郷御弓町、夫より元町辺、又本郷通り・湯島町通り・春木町辺・神田明神門前(神田社楼門・境内神社、幷湯島天満宮・聖堂は恙なし)・旅籠町・仲町の辺にいたる。湯島の火は駿河台へ飛て小川町へ焼込、東西神田、町々一円焼亡し、今川橋向は本町・石町・室町・大伝馬町・小田原町・小舟町・堀江町・小網町・茅場町・八丁堀・浜町・永代橋際迄。霊巌島・築地・鉄炮洲・佃島(本願寺迄はやけず)・南八丁堀にいたる。西は御堀端通り、神田より一石橋迄。日本橋の向は、通一丁目より畳町迄。京橋手前、一円類焼。この間に包れし町々、遅速はあれども残る所なし。翌十六日の昼九時過、炭町の竹河岸にて鎮る。長凡一里十余町、大小名御藩邸数を知らず。町数弐百九十余町、焼死・怪我人、数ふにいとまあらず。湯島円満寺三層の多宝塔(開山上人建立の塔なり)、又妻恋稲荷社(近頃再建して、荘麗たる社なりし)も、此時焼たり。
筠庭云、親船数艘焼、所々橋落、焼死人多しと云。見及びたるも、二十人ばかりなり。今川橋南詰に十二、三人有之。日本橋・江戸橋も焼落。土手蔵日本橋の方は、旧来焼落たることなきに、此度始めて落る。佃島類焼に付、寄場流人共、三日の間放さるゝ故、諸商人の店に来り、ねだりがましき事共あり。これを恐れて家業を休み居るものおほし。
童謡に、そのことだんよ、と云事行はる。これは去年霜月頃、まるぼうと云菓子をうりありく者あり。皮子様のものを背負ひ、大声に〽丸山名物まるだんよ、といへりしが、しばしありて来らず。それより小童、はやり歌うたひだす。
小児の戯言に、火事はどこだ丸山だ、と云ふは、元よりいひしことなり。本妙寺火事を云伝へてなるべし。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表