江戸橋蔵屋敷の見守番屋から出火し本材木町など五十二町を焼失する大火
二月十九日、烈しい北風が吹き荒れる中、戌中刻(20時頃)に江戸橋蔵屋敷内にある橋際の見守番屋番人(文蔵・万助)の床店より失火しました。
火の手は万町通り一丁目の東側、青物町、平松町、新右衛門町、榑正町、南塗物町、常盤町、活鯛屋敷、本材木町一丁目から八丁目(いずれも現在の東京都中央区日本橋周辺)を経て、高輪代地や松屋町へ飛び火し、明方にいたってようやく鎮火しました。
通り筋は中橋広小路の半分、南伝馬町の東側まで焼き込み、焼失した町数は52町に及びました。
被害規模は長さ約11町余、幅平均約1町50間(約163m)に達しました。
なお、同夜の五時頃(20時頃)には石川島(現在の中央区佃周辺)でも火災が発生し焼失しました(飛火ではなく別の過失によるものとされています)。
火の手は万町通り一丁目の東側、青物町、平松町、新右衛門町、榑正町、南塗物町、常盤町、活鯛屋敷、本材木町一丁目から八丁目(いずれも現在の東京都中央区日本橋周辺)を経て、高輪代地や松屋町へ飛び火し、明方にいたってようやく鎮火しました。
通り筋は中橋広小路の半分、南伝馬町の東側まで焼き込み、焼失した町数は52町に及びました。
被害規模は長さ約11町余、幅平均約1町50間(約163m)に達しました。
なお、同夜の五時頃(20時頃)には石川島(現在の中央区佃周辺)でも火災が発生し焼失しました(飛火ではなく別の過失によるものとされています)。
【 史料原文・書き下し文 】
○同十九日、北風烈しく戌中刻、江戸橋蔵屋敷の内、同橋際の見守番屋番人文蔵・万助の床店より失火して、万町通壱丁目、東の方、青物町・平松町・新右衛門町・榑正町・南塗物町・常盤町・活鯛屋敷・本材木町壱丁目より八丁目迄、高輪代地・松屋町へ火移り、明方にいたり鎮る。通り筋は中橋広小路半分・南伝馬町東側まで焼込。町名は五十二町なり。長十一町余・幅平均して一町五十間程なり。同夜五時頃、石川島焼る(飛火にはあらずして、別にあやまつ所とぞ)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
