【事件・災害 / 火災・火事】
安政六年正月十一日
(西暦 1859-02-13)
干支: 年[己未] 月[丙寅] 日[壬午]
月相: / 節気:
月相: / 節気:
小石川戸崎町祥雲寺から出火。長三町余焼失
正月十一日の申の下刻(17時頃)、小石川戸崎町(現在の東京都文京区小石川付近)の祥雲寺より火災が発生しました。
北風にあおられ、戸崎町、柳町(現在の文京区小石川)、御先手組屋敷、御掃除町、武家地などが類焼し、長さ約3町(約327m)にわたって焼き尽くされた。
なお、慶安年間に川崎の大師河原で池上何某と酒合戦の興行を行ったことで知られる地黄坊樽次の墓碑(安政二年の大地震で亀裂が入り修復されていたもの)は、今回の火事による被害を免れています。
北風にあおられ、戸崎町、柳町(現在の文京区小石川)、御先手組屋敷、御掃除町、武家地などが類焼し、長さ約3町(約327m)にわたって焼き尽くされた。
なお、慶安年間に川崎の大師河原で池上何某と酒合戦の興行を行ったことで知られる地黄坊樽次の墓碑(安政二年の大地震で亀裂が入り修復されていたもの)は、今回の火事による被害を免れています。
【 史料原文・書き下し文 】
○同十一日、申下刻。小石川戸崎町祥雲寺より出火。北風にて、戸崎町・柳町・御先手の組屋敷・御掃除町・武家地等類焼。長三町程焼る(慶安中、大師河原の池上某と酒戦の戯をなしける地黄坊樽次が墓碑は、卯年の地震に割たるをつくろひ置たるが、今度の火事には恙なし)。(武江年表)
出典・参考文献: 武江年表
